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旭川地方裁判所 昭和29年(ワ)508号 判決 1956年2月17日

原告 関矢保

被告 国

訴訟代理人 高森正雄 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告は原告に対し金六十万三千四百円を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は、訴外二坂民治より旭川市の中央繁華街に位置する同市四条通七丁目左八号所在の建物を借り受け、昭和二十六年三月二十六日頃より妻関矢タヨ子名義で純喫茶店を経営していたものである。

二、そして、昭和二十七年三月二十六日、原告と右訴外人との間に、旭川地方裁判所昭和二十七年(ユ)第四号家屋明渡調停事件において、左のごとき調停が成立した。

(一)、原告関矢保は訴外二坂民治に対し、昭和二十六年十月一日以降明渡済(昭和二十八年十月末日限り)に至るまで賃料として毎月末日限り金一万円宛支払うこと(同調停条項第二項)、

(二)、原告が前項の賃料の支払を二回以上怠つた時は、期限の利益を失い、即時第一項の建物(本件建物)を明渡すこと(同第三項)、

三、ところで、右訴外人は、同年五月六日、前記調停調書正本に執行文附与の申請をなし、翌七日、その強制執行の委任を旭川地方裁判所所属執行吏になした。

四、その後、原告は、前記建物明渡について、執行吏より何ら任意の履行の催告もうけないでいたところ、同月二十六日正午頃、執行吏代理上坂滋三が、原告不在中の事件建物に臨み、その占有を自己に移し、原告の留守番菊地隆(当時十八年)に対し同日午後六時迄に本件建物より退去するよう原告に伝言すべく依頼した。

五、右の執行に際しては、右上坂は、成人した証人二名を立会はしめなければならないのに、これを立会はしめなかつたのである。

六、しかしながら、原告は、昭和二十七年四月二日、三月分の賃料一万円の内金五千円を支払つているので、賃料一回半分の遅滞しかしていないので、同日午後六時頃、再度原告方を訪れた右上坂にこの事情を述べたところ、同人は、この状態では執行出来ないから同月二十八日午後六時までは現状のままとし、委任者側を調査したうえその回答をすると約したのである。

その際、原告は、本件執行が適法であるならば任意に明渡す意思であることを告げた。

七、しかるに、右上坂は、翌二十七日午前九時頃、前項の約束に反して原告の妻を半強制的に立会はしめ、雨天模様の屋外に貴重品を含む物品を放り出し、商品、食料品等を雨天に同日夕刻まで放置した。

八、右のごとき執行吏代理上坂滋三の執行行為は、次の点において違法の職務行為であり、これを知り又は知り得べきであつたから、故意又は過失によつて違法に原告に損害を加えたものである。

(い)  まず、執行吏は、執行に着手する前、任意の履行を促さなければならないのに、前記第四項のとおり、その催告をしなかつた。

(ろ)  また、執行吏は、債務者の住居において執行行為をなすに際し、債務者又は成長したる同居の親族若くは雇人に出会はざるときは、成丁者二人を証人として立会はせなければならないのに、前記第四、五項のとおり、これを立会はせなかつた。

(は)  また、右上坂は、前記第六項のとおり、同月二十八日午後六時までは執行しないと約束したのに、これに反し期限前に執行した。

(に)  また、執行吏は、家屋明渡の執行において、動産を損傷することなく債務者に引渡さなければならないのに、前記第七項記載のとおり、放置した。

九、原告は、右上坂の違法の執行行為によつて左のごとき損害を受けた。

(1)  昭和二十七年五月二十七日以降各種求償方法調査のため支出した費用金五千八百円、

(2)  昭和二十七年五月二十七日より昭和二十八年十月一日までの十七ケ月間営業した場合の実収入の半分、金十七万円、

(3)  執行に当り破損した物品代、汚損廃棄した食品代、執行中立入者によつて盗食されたり持出された食品代、合計金三万六千七百円、

(4)  任意によらない廃業により不要となつた仕入食品代、物品代合計金五万八千九百円、

(5)  任意によらない明渡により物品の格納場所、居住施設等の改修に要した費用、金五千五百円、

(6)  雨天に放置したため物品の損耗した評価額、金五千五百円、

(7)  格納場所なきため紛失した物品の代価、金五千円、

(8)  原告に未引渡のまま執行委任者に引継がれた原告側設備の代価、金十六万円、

(9)  設備資金に負担した資金の利息金のうち、未引渡設備相当分、金一万一千円、

(10)  前記執行行為によつて、原告は、社会的信用並びに生活の根拠を失い、困窮の生活を続けているものであつて、その精神的損害に対しては、金十万円をもつて慰藉せらるるのが相当である。

よつて原告は、国家賠償法第一条により、国に対し、前記損害額の合計金六十万三千四百円を請求するため本訴に及んだものであると述べた。<立証省略>

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

一、原告の請求原因中、原告が第一項記載のとおり喫茶店を経営していたこと、第二項記載のとおり家屋明渡についての調停が成立したこと、昭和二十七年五月六日、執行文附与の申請があり、翌七日、執行吏に執行委任のあつたこと、第四項中、執行吏代理上坂が本件建物に臨み、原告主張のとおり執行し、留守番菊地隆に対し、同日午後六時までに任意退去するよう原告に伝言を依頼したこと、第六項中、同日午後六時頃、右上坂が原告を訪れ面談したこと、第七項中、家屋明渡の執行をしたことはいずれもこれを認めるが、その余の事実はすべて争う。

二、原告は、右上坂が執行着手以前に任意履行の催告をしなかつたというが、既に原告も自認するとおり、右上坂は、昭和二十七年五月二十六日正午頃、本件建物に臨み、原告の家族に対し同日午後六時までに任意退去しなければ強制明渡をする旨の伝言を依頼している。

三、原告は、右上坂が本件執行は昭和二十七年六月二十八日午後六時までは実施しないと約したというが、右上坂は、同月二十六日午後六時、本件建物明渡の執行のため目的建物に臨んだが、明渡の上引渡を受くべき債権者が出頭しなかつたため、やむなく執行を中止し、あらためてその明渡期日を同月二十七日午前九時ときめて、口頭で通知してあり、本件執行は不当のものではない。

四、原告は、右上坂が執行をなすにあたり、証人二名を立会はせなかつたというが、同人は証人柳谷一男、同明石博明の両名を立会はしている。

五、原告は、右上坂が執行をなすに当り、雨天の屋外に原告所有の食品、物品等を放り出して損傷し、夕刻まで放置したというが、当日は明渡の執行着手の時は曇天であり、執行中に雨となつたので、濡れて悪いものは屋内入口に積んで、原告の妻に引渡したものであると述べた。<立証省略>

理由

原告が旭川市の中央繁華街に位置する四条通七丁目左八号において、訴外二坂民治より同所所在建物を借り受け、妻関矢タヨ子名義で喫茶店を経営していたこと、昭和二十七年三月二十六日、原告と右訴外人との間に、右建物の賃貸借に関し、原告主張のごとき調停が成立したこと、同年六月六日、右調停調書正本に執行文附与の申請がなされ、翌七日、旭川地方裁判所所属執行吏に執行委任がなされたこと、同月二十六日正午頃、右委任に基き執行吏代理が本件建物に臨んだところ、原告は不在であり、ひとり菊地隆(当時十八才)が留守番を頼まれていたので、本件建物の占有を自己に移し、右菊地に対し、同日午後六時までに本件建物より任意退去するよう原告に伝言を依頼したこと、同日午後六時頃、右上坂が再度、本件執行現場に臨み、原告と面談したこと、翌二十七日午前九時頃より本件建物明渡の執行が行われたことは当事者間に争がない。

そこで、原告主張のような損害賠償債権が発生したかの点を順次判断する。

(い)  執行前任意履行の催告をしなかつたとの点について、

成立に争なき甲第三号証の一、二の記載、証人上坂滋三の証言、原告本人尋問の結果によると、上坂は、昭和二十七年六月二十七日、本件健物の強制執行をなす以前において、原告に対し、一回も任意履行の催告をしなかつた事実を認めることができる。ただ同月二十六日正午頃、上坂が本件執行現場に臨んだ際は、原告は不在であつたが菊地隆が留守番をしていたこと、右上坂は、本件建物の占有を自己に移し、右菊地に対し、同日午後六時までに右建物より退去するよう原告に伝言を依頼したことは当事者間に争がない。しかし執行吏執行等手続規則第十三条によると、執行吏は、執行に際し債務者に出合つたときは、執行に着手する前任意の履行を促さなければならないのであるが、本件のごとく、執行現場に於て債務者に出合はなかなつた場合には、任意履行の催告をしなかつたからといつて、その執行行為が違法のものになるわけではないから、この点の原告の主張は理由がない。

(ろ)  執行に証人二名を立会わせなかつたとの点について、

成立に争なき甲第三号証の一、証人明石博明、同柳谷一男、同上坂滋三の各証言を綜合すると、昭和二十七年六月二十六日正午頃、執行吏代理上坂滋三は本件執行現場に赴き建物に対する債務者(本件の原告)の占有を解き執行吏が之を占有する旨の公示書を貼付したがその際、債務者又は成長したる同居の親族若くは雇人に出合はなかつたのに拘らず、成年者二名の立会をさせなかつた事実が認められる。甲第三号証の一には柳谷一男、明石博明が立会つた旨の記載があるが前記明石及柳谷の証言によると、この両名が強制執行調書の本文が作成されていない半載の紙に署名押印したこと、右上坂は、右用紙を用いて、前記二十六日正午の家屋明渡調書を作成した事実が窺われるから、右甲第三号証の一の記載は真実とは認め難い。しかし、不動産の明渡の執行は債務者の占有を解いて債権者に占有を得させる(民訴七三一条)べきものであつて不動産を執行吏の保管に移すごとき執行方法は存しないのであるから、前記のような公示書の貼付は立会人の有無に拘らず無効であると共に、翌二十七日に行われた明渡の執行が之がために違法となる筋合ではない。而して原告主張の損害は翌二十七日に行われた明渡の執行に基くものであるから、立会人のなかつたことは違法ではあるが損害の発生に相当の因果関係を有していないから、賠償請求の原因とはならない。

(は)  執行をしないとの契約に違反したとの点について、

成立に争のない甲第三号証の二、証人上坂滋三の証言及び原告本人尋問の結果によれば、執行吏代理上坂滋三は昭和二十七年六月二十六日午後六時頃再度本件執行現場に臨み、原告に出会つた際原告は、賃料の領収書の写等を示して未払の賃料額は一ケ月半相当額である旨を話したところ、上坂は執行に着手せず一応債権者に相談する旨、なお明日は出張の予定であり二十八日に再会して回答すると告げたこと、原告はどうせ明渡さなければならないものであれば任意に明渡す意思のあることを告げ、翌二十七日は執行はないものと考えて外出していたが上坂は、委任者より賃料は二回以上遅滞しているから執行して貰いたいと依頼され、同日午前九時頃より本件建物明渡の執行をなし、その結果原告は当日不在のため、後段認定の如く、原告の動産はその場において原告の妻に引渡された事実が認められる。しかしながら、本件の場合、債務者(原告)が賃料を二回分以上遅滞するとのことは明渡請求の条件であるから、その事実の存否は執行文附与の際或は異議の申立によつて、裁判所の判断にまつべきもので、執行吏は之を調査する権限はないわけである。従つて、前記認定の通り委任者二坂民治から二十七日に明渡の執行をして貰いたいとの申出があつた以上執行吏代理の上坂が同日その執行をしたことは、相当な処置である。原告は、上坂が原告に対し二十八日午後六時までは執行しないことを約束した、と主張するが、かかる約束は義務履行の猶予として債権者が合意するのは格別、執行吏はかかる合意をすることはできない。賃料の遅滞に関し原告から疑義の申出があつた際上坂が前記認定のように申向けたのは単に一応の見込をのべたものにすぎず、之を以て猶予の合意が成立したものと認めることはできない。然らば上坂が右の二十七日に明渡を執行したことは何等違法の処置ではないと言わねばならぬ。

(に)  明渡の執行に際し原告の動産を放置し或は損傷したとの点について、

成立に争なき甲第六号証、証人上坂滋三、同二坂民治、同柳谷一男、同明石博明、同関矢タヨ子の各証言によると、前記の如く、二十七日に上坂滋三が明渡の執行をした当日、執行債務者たる原告はその住所にも営業所たる本件執行の家屋内にも不在であつたため、執行吏代理は民事訴訟法第七三一条第三項の規定に従い動産の引渡をなすため原告と住所において同棲する妻関矢タヨ子(三十才)に臨場させて家屋内に存する原告所有の動産を搬出したところ、タヨ子は執行に不服を唱えて隣家に引きこもり、搬出された動産に対し何の処置をも構じなかつたので、上坂は、当日雨模様であつたことを考慮して一部は玄関に積上げ、その他は屋外に集積し、かくして執行は午前九時に始り午後一時半頃に終つたことが認められる。元来屋内の動産を搬出するのは家屋明渡執行のため必要な処置なのであるから、右の如く原告の妻が臨場の上搬出したときはそれで動産の引渡はすんだのであつて、その上の保管は債務者の責任と言わねばならない。甲第六号証によると当日雨が降つたのは午後一時四十五分以後のことであつて、既に執行終了後のことである。而して前記のとおり執行吏代理においては雨模様を考えて一応集積の場所を選んだのであるから、執行後の降雨については原告の妻において更に適当の処置を構ずべきであつたと言わねばならない。証人関矢タヨ子の証言によると椅子十二脚が雨に濡れたことが認められるが、これは執行終了後保管の処置よろしきを得なかつたもので執行吏の責任に帰することは当を得ない。原告は損害として破損した物品、執行中立入者によつて盗取された食品のあることを主張しているがこれを認むるに足る証拠はない。証人関矢タヨ子は紛失した物件があると証言しているが、同人は引渡のあつた後保管の処置を構じなかつたこと前記の通りであるから、右の紛失が執行吏代理の故意過失にもとずくものとは俄に断じ難い。結局この点についての原告の主張は理由がない。

よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 熊谷直之助 星宮克己 吉川清)

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